1972年4月、第一書房から刊行された庄司太一(1948~)の第1詩集。刊行時の著者の住所は中野区白鷺、職業は上智大学英文科在学。
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これら断片は大学二年の一九七〇年を中心に書きなぐった。予期しなかった妙ちきりんな季節風に煽られて、一年間何呉となく書き溜めた。いざ!詩を書こうなどと殺気立ったつもりはないが、振り返って見れば狂気の沙汰で狐馮(きつねつ)きみたいに手が動いたりした。それでいて生れたものは阿呆な言葉言葉。だが自分はその阿呆を愛している。あるものは保健手帖の切れ端に、あるものは貝売場の包装紙に、あるものは駅弁の折り箱の蓋にと時所(ときところ)きらわず襲来する妄想どもを周章てふためいて閉じ込め、自家に帰ってからあっさりした簡潔なものへと何回も推敲した。どうやら妄想は机に向っている時に限って自分には遣って来ないようであった。特に風呂場で頭から湯を被る一瞬間きまって妄想的気分に襲われたが、不用意だったから度々逃してしまった。後になって思い出せる訳でもなかった。
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自分は燃料不足なのだろうか、立ち暗みが屢々で、ポケーッと暫くは何も考えられないでいる。そんな時にこそ意識を取り戻すよう努めて手を動かしたいと思う。自分にとって好ましいのは、腸炎で長々しい絶食の末よおやく口にする下し林檎の甘美。
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詩集というのはこれが最初である。詩なるものを曲りなりにも意識したのは浪人時代冬日の早朝に聞いた某クラリネット五重奏曲からであるが、自分の詩集が出せるとは思ってもみなかった。身に余る贅沢で些かテレてしまうのだが、アマチュアらしい精神でこの詩集を恐る恐る飾ってみたいと願う。元来自分は国語が大の苦手で(多分漢字が面倒なので)、西洋人のアルファベットはタイプライターが使え眼にも健康的で文化がスピードに乗る筈だなどとよく愚痴ったりした。そんな調子だからこんな断片でも書くにはそれ相応に骨が折れた。お陰で言葉の視覚的ないちいちの配列により気を病んだ。
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ここで断っておかねばならない気がするのは、この詩集の「第0番」という題についてである。別段深い意味はなく奇を衒ったのでもない。ただ0から出発だというような考えでそうした。一寸気障(キザ)だろうか? しかしブルックナーという音楽家の交響曲に0番というのがあるのでそれを模したといってもいい。以上の訳である。
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最後に、この詩集を読んで下さる方々が、一篇なりとも面白く楽しんで頂けましてや慰めを感じて頂けるなら、これに余る幸福はありません。この詩集を上梓するにあたって色々と御尽力下さった方々、父母弟、そして第一書房の村口さんには心から感謝を捧げます。
(「あとがき」より)
目次
- 回転
・鴉
- こおもり男
- 訪問者
- 黒い巨石
- No. 13
- No. 23 (鴉のおかげで)
- 魚
・怪談
- 怪談(幻のホース)
- 南京豆
- 洗濯物
- 花火
- 事故
- ぞっと涙する……?
- 夕焼
・未知
- 林檎の唄
- 蠅捕り蜘蛛
- 午睡
- 影
- 蝿
- 雲脂(ふけ)
・或る季節
- 歯痛
- ボールがとれない
- 二十三日
- 幻の正方形
- 綿犬
- 汗
- 異郷
- キャラメル紙
・幼年へ
- 渦状
- 帰路
- 寝台
- 幼年へ
- ・夢
- 夢Ⅰ
- 夢Ⅱ
・インターミィション
- 光
- 竿
- おばけ・楽器・昼食・怪魚
- コッペパン
- 遊びつかれて
- 水
- スープ
- 目玉切符
・喜劇
- やけ
- No.2
- 自殺考
- 薔薇1
- No.17
- 痴呆
- 決意
- ちょおちん鮟鱇
- 嘘
- 決意
・回転
- 幻の顫音
- 草笛
- 五月!
- 留守居
- 病床
- 挑戦
- 第六十番
- 直線
あとがき
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