夜の太鼓 石垣りん

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 1989年5月、筑摩書房から刊行された石垣りん(1920~2004)の第3エッセイ集。装画は村上豊(1936~)。

 

 この前の散文集「焔に手をかざして」の時と同じように、こんども筑摩轡房の村上彩子さんのお世話になりました。
 その間の今年二月、心だのみにしてきた弟と死別いたしました。大切な人を亡くすことは、喜びの受け皿を失くすことなのだと気が付きました。この本が出るころ、弟の骨を抱いて父母の眠るところまで、送って行くことになると思います。
 私の胸の奥で、いまなお打ち続けるちいさな音、この太鼓はどこかの岸に届くでしょうか。
 三年ほど前に書いた詩一篇を加えてあとがきといたします。        

   明日葉

アシタバを採りに

行ったとか
行ってどうしたとか
話していたのは私の身近な祖先たち。

今日摘んでも
明日になれば
もとどおり生えてくる。

そんな勢いのいい草は
からだのためにもいいそうで、と
八百屋には売っていない野草のことを
ふるさとの言葉で繰り返していた。
東京生まれの私には
長い間のまぼろし草。

いつだったろう
八丈島空輸などとシールの貼られた明日葉を
デパートで見つけたのは。
なつかしさに買求め
また買求め
食膳に。

久しぶりで伊豆に行き
海辺の寺で墓掃除をしようとしたら
石碑の陰から勢いよく伸びたアシタバ一本
喜んで食べていたのはこれだったのか。

(ちちははよ
 我が家に明日生えるいのちはありません
 私たち兄弟三人
 なにゆえか皆ひとりにて老年に至りました)

力まかせに抜く
今日のアシタバ

   風景

お母さん
生まれたときから
うっすらと
生毛のような
草が生えて
肌一面に
はびこって
遠い海辺の墓までも
そよそよと
風が吹いて
ああほんとうに
いい風が吹いて。

 

一九八九年三月

(「あとがき」より)

 

 

目次


Ⅰ 花いちもんめ

  • 時の名称
  • 花いちもんめ
  • しつけ糸
  • 会社をやめたら
  • 絵柄人柄
  • 雪谷
  • 気になったことふたつ
  • 商店の目
  • 鉛筆を削る
  • 私のテレビ利用法
  • 白い猫
  • 大茄子・小茄子
  • 春の日、夢の島
  • 貼紙
  • 山姥
  • 火を止めるまで
  • 水はもどらないから
  • 相手の財布をいたわる
  • 同額紙幣の値打ち
  • 声は盲目
  • オソレとあこがれとコッケイと

Ⅱ その角の向うに

  • 運動会の空
  • 籠の鳥
  • 美顔
  • 冬の案山子
  • 梅が咲きました
  • 子供一同
  • 一粒の米も、私も
  • 咲かせる
  • 見世物小屋の前で
  • 笑い
  • 秘宝
  • 防犯力メラ
  • おばあさん
  • 空港で
  • 八月
  • 港区で
  • 花の店
  • 隣人
  • 保険
  • 風景
  • 早春
  • 人形
  • さくら
  • 結界
  • 飛び去る
  • 遠いことばかり
  • その角の向うに
  • 干す
  • 夜の太鼓
  • 赤い自転車
  • 乙女たち
  • 金貨と提灯
  • 縁日

Ⅲ 松崎

  • 「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」の頃
  • 自作について
  • 私の名前
  • 思い出が着ている
  • 悲しみと同量の喜び
  • 伊豆と私
  • 松崎
  • ウリコの目 ムツの目
  • 砂糖壺

あとがき

 

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