2010年1月、書肆山田から刊行された松川紀代(1948~)の詩集。
ひところ、戦場で逃げ惑う夢をなんども見た。私は戦争を知らないのに不思議だなと思った。もしかしたら父が体験し戦争の傷の深さが、思春期の私に何らかの影響を与えたのかもしれない。
父はたいへんな怖がり屋で、いつも家族の失笑を買っていた。テレビでチャンバラ映画を見るときは、父の顔を見ているほうがおもしろかった。父は誰かが切られるたびに体を硬直させ、目をむいた。この怖がりの性分は確実に私に遺伝し、怖い場面では私はその場に居られず、かといって細かい成行きも知りたいのでとても困る。
他に父から私はどんなものを受け取ったのだろうか。父からも母からも、良いもの悪いものをあれこれ受け継いだ私は、差引きすればどうもいらないものばかり持っているようで、そしてかんじんな大切なものは欠けているようで、心もとない。
父は何にも語らなかった。なのに私は詩を書いている。それがただの饒舌に終らないよう心しよう。寄せ集めのような私であるが、出来た作品がぼんやりした私の人生のせめてもの軌跡となってくれるよう願っている。
(「あとがき」より)
目次
- にせもの
- 空耳
- シルエット
- 綠地带
- 江の子島
- くみちゃん
- 家の陰
- 深更
- 異文化の夜
- 古い友人
- セルリアン・ブルー
- 深い亀裂
- 無傷
- 流通
- 祭
- 月
- 天使が笑う
- 踏み跡
- ゲッカビジン
- 土の精
- ラワンの木
- ボンネットに猫
- 菊
- この道
- 茶色い家族
- 夜のストア
- プラットホームで
- 晴れの日
あとがき