闇と光 上田周二

f:id:bookface:20181001142127j:plain

 2004年12月、時間と空間の会から刊行された上田周二の評論・エッセイ集。刊行時、上田は文芸同人誌「時間と空間」発行人。

 

 一昨年アパートでのひとり暮らしの孤独な環境で亡くなった老詩人風間光作は、かつてその発行する「詩人タイムズ」に、「詩集は、自分の金で買って読むものです」という意味の言葉を書いていたと記憶する。その真意は、恐らく詩集は小説本とはちがって売れるものではなく、おおかたは身ゼニを切って出版されるものだから、ほんとうにその詩集に関心を抱く人ならば、それは買って読むべきだ、ということなのだろう。詩集には作者の魂が込められているのだから、作者の人格だと思って、大切にされなければならない、ということでもあろう。
 これは、詩は芸術だという観点に立てば、まことにまっとうな言葉だと思う。だが、今日その内容が芸術に価するほどの詩集は、いったいどのくらいあるのかはともかく、新刊詩集のほとんどは献呈本として世に送りだされ、新刊本屋の本棚に姿を見せるのは、多少名の出た少数詩人の詩集にすぎない。とはいえ、それも私の好みが関わるせいか、金を払ってまで読みたいほどの魅力ある詩集には、めったにお目にかかれないというわけだ。
 ところで、最近私は自分の金を出して一冊の詩集を購入した。ただし、それは新刊本ではなくて、古本である。家に送られてきた古書目録に眼をやっていて、ふと見つけたのだ。堀内幸枝詩集『紫の時間』。昭和二十九年六月一日、書肆ユリイカ刊。装丁・装画は発行者の伊達得夫だ。古書価格は四千円、当時の定価は二百円とある。私にとっては以前から欲しいと思ってもなかなか手に入らなかった小型の、幻の詩集なので、これくらいの値段なら御の字だったのである。
 なぜ『紫の時間』なのか。実は十数年まえに、私は新宿京王百貨店の古書展で、――このときは昼食に飲んだビールのほろ酔い機嫌でふとのぞいてみる気になったのだが――偶然彼女の第二詩集『不思議な時計』を陳列棚のなかに見つけて、購入している。これも書肆ユリカ刊(『紫の時間』より一年半後)。表紙カット・池田龍雄とあるが、装丁には恐らく発行者の伊達得夫も参画しているのではないか。なかなかの魅力的な造本で、紹介している紙数の余裕はないが、一例を挙げると、本文の活字がコバルト・ブルーの色刷りといった凝りようなのだ。発行時の定価は三百円。私は買ったときの古書価格はもう忘れたが、この古書展で見つけた詩集『不思議な時計』は、陋巷で拾った宝石のような感じがしていたわけで、そのまえに出た『紫の時間』は、手に入り難いがゆえに、さらに貴重な幻の書と化していたわけである。
 不思議なのは、私がこの両詩集を堀内幸枝から借りて読んだのは、昭和三十九年頃であり、そのときはポオと鏡花の怪奇・幻想をミックスしたような詩の世界に魅了されはした。でもその詩集(本)が欲しいという気はしなかった。それが二十年、三十年と時を経てしまうと、いまは造本もふくめた、その詩集自体が魅力あるもの、手に入れたいものと思うようになったことだ。これが詩集というものの古書としての価値、あるいは骨董品だということだろうか。私にもそうした著作を遺したいという思いはある。
(「陋巷に宝石を拾う」より)

 
目次

Ⅰ 文学論・作家論

  • リアリズムから反リアリズムヘ――「夜の文学」の提起
  • 庄司総一論のために
  • ある特異な作家
  • マルチン・ブーバー覚書――主として出会いということの重要性
  • 自著『闇・女』について――「日本読書新聞」の書評氏に対する反批判
  • 参考掲載1――濱田耕作氏による「上田周二著『闇・女』試論」
  • 参考掲載2――宇佐見英治氏より『闇・女』の著者への書簡
  • 『深夜のビルディング』あとがき
  • 「時間と空間」の紹介

Ⅱ 死者尊崇

  • 恐ろしい問いかけ――地獄を信じよう
  • 私にとって死者とは
  • 詩人、そして反骨の人――追悼・野田宇太郎
  • 義侠心を秘めた男
  • 称えるべきディレッタンティズム
  • 「白山詩人」と山本和夫
  • 「時間と空間」と木村孝
  • 大きな師表と仰ぐべき人――追悼・八木義徳

Ⅲ エッセイ・雑録

  • 好きな文学者
  • 佐藤春夫の印象
  • 西脇先生と私
  • 詩人の奇行
  • 土橋さんを回想して
  • 八木義徳氏と私
  • 画乱堂をめぐる文人たちの交遊
  • 陋港に宝石を拾う
  • 詩と小説とエッセイについての
  • 奇異についての断片
  • 『深夜亭交遊録』――新著余瀝
  • 『幼少夢譚』――新著余瀝
  • 詩人と俳句――「秀」五周年記念
  • 俳句における詩について――「秀」創刊十五周年記念俳句大会講演
  • 『詩人乾直惠』について――書き足りなかったこと
  • 独自な本質論的西脇論の展開――佐久間隆史著『西脇順三郎論』

Ⅳ 現代詩人論

  • 鈴木初江さんの詩
  • 愛と革命に生きた詩人――大島博光著『パブロ・ネルーダ新日本出版社
  • 『定本赤木健介詩集』を読む――「起点」一〇〇号記念
  • 赤木健介の隠れた面
  • アナーキスチックな旅と女の夢語り――長谷川七郎詩集『もうおしまい』
  • 長谷川七郎論
  • 野田宇太郎
  • 文弱の徒
  • 一つの往復書簡
  • 武は文よりも強いか

著者年譜
あとがき


NDLで検索
日本の古本屋で検索
ヤフオクで検索