2001年8月、思潮社から刊行された稲垣瑞雄(1932~2013)の第4詩集。
この詩集が思いがけず早々と世に出ることになったのは、大学時代からの畏友三善晃君が、妻との二人誌「双鷲」第54号(二〇〇〇年十月刊)の巻頭詩「月と蜉蝣」を、合唱曲にしてくれたおかげである。二月十二日、合唱団「松江」によって出雲大社ホールで初演され、続いて五月三日東京公演、の案内が来た。
朝から霙まじりの雨となり、中野のZEROホールに向うあいだ、すでにして"凍てついた光の音"が降り注いでくるような気持がした。ある種の啓示に支えられたまま、ぼくは座席の人となり、"忽"ち、彼の、宇宙的なひろがりを持つ曲想のなかに浸されていた。祈りの風景が手をさしのべてきた。不思議なぬくもりが、ふわりとぼくを裹(つつ)みこむ。
前詩集『神の礫』(二○○○年二月 思潮社刊)では、胃の全摘手術のため、半年にわたって絶食絶水を強いられた日々のおもいを、そのまま綴った。闘いの牙を研ぐ、強い言葉が、おのずから溢れ出た。が、そのときぼくは、長い間暗く重い水の底でもがき続け、不意に水面へ泛び上がった、そんな気持を味わったのだ。潜り抜けていったその先には、真昼の陽光ではなく、やわらかな月の光が充ちていた。すべてのものを温かく、爽みこもうとする、不思議なぬくもりに充ちていた。
ぼくは、その月の光をわがものにしようとした。いや、自分自身が月の光となって、すべてのものを、そして自分自身を見つめ直そうとした。今まで見えなかったものが、かすかに、見えてきた。少なくとも自分ではそう思った。五連詩のかたちにした。過去に試みた連詩の群も、新たな目で洗い直した。それらの中から五つを選び出す。"忽ち"、五連詩二十五篇が"立ちのぼって空を覆った"。表題はむろん『月と蜉蝣』。三善晃君への感謝の気持をこめた。
(「あとがき」より)
目次
・風のことば
- 風のことば
- 石の声
- 土の扉
- 天の日
- 時のこだま
- 鬼
- LES OISEAUX
- 盗人
- 影
- けものみち
・駅のある風景
- 新しい旅へ
- 消えた時計
- 笛鳴り響く
- 駅のある風景
- 高架橋のふもとで
・曼珠沙華
・月と蜉蝣
- 月と鮎魚女
- 月と蜉蝣
- 月とサランラップ
- 月と田螺
- 月と縄
あとがき