1994年12月、文童社から刊行された薬師川虹一(1929~)の第3詩集。装幀・装画は天野大虹。刊行時の著者の職業は京都市芸術文化協会理事。詩誌『Ravine』編集・発行同人。
第二詩集『いかるす』を出したのは一九七五年五月のことだから、それ以来随分と時が流れたものだ。この二十年に近い時間を私は何をして過ごしてきたのだろう。一日、一日を精一杯生きてきたつもりだが、何時も何かを掬い残してきたような気がする。或いは恐くて掬えなかったのかもしれない。掬えなかったものが何か判っているようであり、判っていないようでもある。後悔と苛立ちと、多少の快感が、その掬い残したものの中には在るようなのだ。
私は決して多産な詩人ではない。所属している同人雑誌の出るごとに詩を書くのが中心だから、年に精々、五・六編書けば良いほうであろう。それを集めたところ、なんと、同じような詩ばかり集まってしまっている。恐らく此れが私の本当の姿なのだろう。日常世界に「異界」が現われる瞬間とでも言えようか、そんなものに取り憑かれたような世界に自分で驚いている始末なのだ。
落ち着いて考えれば、私が商売にしている仕事がそのような世界ばかりを扱っているのだから、それに何時の間にか染まっていただけなのかもしれない。そう思えば何も肌に粟を生じなくても良いのだが。
「日常界」に「異界」が侵入することは何も異常なことではない。ただどちらが「異界」なのかが判然としないのが困るだけなのだ。困ったままでこの詩集は終わっている。「一件落着」と爽やかに叫べるのは何時のことだろう。
(「あとがき」より)
目次
Ⅰ 疲れた犬のいる風景
- 疲れた犬のいる風景
- 怠惰な時が流れる
- 街路樹に凭れて
- 拾う
- 骨がうずく
- 不透明な部分
- 道程
- あの時
- つまらない一刻
- 還暦
- 地下道の風景
- 大平楽
- 案山子
- 三月三十一日
- 鬱鬱
- 砂の頭
- 砂の頭Ⅱ
Ⅱ おれんじ色の月
Ⅲ 通路墳墓
- 通路墳墓
- 泣く
- 西と東
- もう止めようではないか
- 主役
- ある悲しみ
- 手
- 踵
- 道化無残
- 肩
- 深呼吸
- 泥水の頭
- 鉢
- スカトロジー
- バスの中
- けさらんぱさらん」
Ⅳ 十四行詩
- 階段
- 階段2
- 見慣れた…
- 男の子
- バーコード
- 天気予報
- ジェット・エンジン
- 時差の街
- 慮過紙
- 逃走譜
- 疲れた地図
Ⅴ 鬼火が一つ
- 鬼火が一つ夜の廊下に転がり出た
- 不本意な旅立ち
- 骨
- 彼岸の中日
- 風の声
- レインコート
- 最後の晩餐
- 突然のでき事
- 階段3
- 階段5
- 人形の唄――パロディー
あとがき