太陽の沈みゆく時 橘外男

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 1922年7月~1923年7月、日本書院出版部から刊行された橘外男(1894~1959)の第1作品。長編3部作。1巻と2巻に有島武郎の序文収録。有島死亡のため3巻には収録されなかった。画像は第2巻。

 

橘外男

 私は序文を書くのが嫌ひで。それは序文を書いてもらうのが嫌ひだからです。その上、私は他人の作品に序文を書く力量のないことを自分でよく知つてゐるし、又本屋の廣告文代りに利用されるのが、私として餘り氣持ちがよくないので、序文は書かないことにしてゐます。
 ところがあなたの場合は、私のこれまでの考へを大分ぐらつかせます。それは、今は世にないあなたの愛人が、私に序文を書かせる希望を持つてゐられたといふことが一つ、どんな悪口でもいつていいといふのが一つ、私の名を利用する以外に、本屋があなたの心持ちをよく呑み込んでゐて、寧ろ私の序文を掲げるのを承諾するといふ位の立場にあるといふのが一つ。この三つが私に自分の禁を破らせる結果になりました。
 そこで私は遠慮なく思つた通りをいつてのけます。
 あなたはこの作品を藝術としては作らなかつたといはれます。又強ち人に讀んでもらう氣もないといはれます。それは然し一人の讀者としての私が顧慮するには當らない二つの豫件です。私は矢張り讀まるべく印刷された一つの藝術品としてこの作品に對します。
 極めて冗漫で、而して不必要な挿話が至る所に挿まれてゐます。或るところではそれはお伽譚のやうに単純で、或るところでは調子外れにしちくどく思はれます。この作品に於て「藝術も亦一つの經濟である」といつたラスキンの言葉――而して私はそれを正しい言葉だと思ふものですが――が遠慮會釋もなく無視されてゐるやうに見えます。若し私があの材料を取扱つたら、恐らく全量の三分一で片付けてしまつたらうと思ひます。それから文章は綿密にこなれてゐますけれども、その割合に作家の氣稟を現はすやうな確實なスタイルが見出されません。だから立體的といふよりは平板な感じを所々で味はされます。心が緊張して行くかはりにだれてしまひます。作者の焦燥が気をなして、讀者の昂奮が却て押しひしやがれます。これが悪口です。
 けれども讀んでゐて、いやな氣持ちは何所の隅にも感ずることが出來ませんでした。何所の隅にも。それは子供が人に對して熱心に話しかけようとする時のやうな感銘です。真實無比な童話といふ氣持ちがします。自然でも人でもが、急がしげな早口の間に、少しもゆがめられずに、見られたまゝ、感じられたまゝに現はれ出ます。而して凡ての事件や人間やが奇妙に生きてゐます。あんな書きかたをして生きて來るだらうかと思ふところに不意に生きて來ます。一見單純に見える發想の背後に或る拒むべからざる生活があります。而して生活のあるところには、汲み盡せない複雑さのひそむのは誰れでもが知りぬいてゐる事賞でしよう。勿體ぶらないでゐて、氣品の自然にしみ出る性格と、極めて平面的に見えながら、深味にはいりこむ可能性を十分にほのめかす情緒とが、作品を裏付けてみるのが私にはすぐれて快く受け取られます。
 第一巻に於てはあなたは単に序曲を弾じてゐるのだといはれます。第二巻に於て、あなたは聲をあけて死の讃美をするのだといはれます。だからこの巻だけを讀んであなたの作品の内容を彼れ是れいふのは無盆に近かいことかも知れません。私は樂んで第二巻の出るのを待ちます。而して更らにいひたいことがあつたらいはせていただきます。
 この一つの作品にいはばあなたの生命力の全部を潟がうとしてゐられるのを知つて、こんな亂暴なことをいつてゐてはすまないやうにも思ひますが、感じたまゝを書けといふあなたの要求に忠實に以上のことを書きます。
 あなたのいはうとなさることの凡てが、遺憾なく現はれ出るやうに、それを希望してやみません。」

 一九二二、六月二十九日曇れる朝
 有島武郎

 

 橘兄がその力作の第二巻を出される運びになった。私は先約によつてそれに何か書くべき筈であるけれども、兄の作第二巻に終らず第三巻に至つて本當のクラィマックスに達するのだと兄からの通知を得たから、私は第三巻の完成するのを待つて委しいことをいはせていただきたいと思ふ。
 兄が撓まざる熱情を表現欲とをもつて、一つの仕事を完成に導きつつあるのを知るのは愉快だ。兎に角私は凡てを第三巻に申出よう。思ひ存分の愚見を披瀝しよう。それまでは兄の仕事が早く完成の刻印によって酬ひられるのを樂んでお待ちする。

 一九二二、十二月十三日夜
 有島武郎

 


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