1988年11月、野草社から刊行された山尾三省(1938~2001)のエッセイ集。装幀は青山貢、柏木早苗。写真は新西聡明。
この本の初版が出版されたのは、今からちょうど七年前の一九八一年十月のことであった。この七年間さらに数冊の本を出してきたが、自分の最初の本として、本書に対する思いには特別なものがある。この間三年前に父を亡くし、昨年はまた学生時代からほぼ三十年連れ添ってきた妻を亡った。父の死も切なかったが、長い年月をかけてようやくお互いの愛を完成しかけていた妻を、突然に失った悲痛はよほど深いものがあった。今もそこから立ち直ったとはいえない。今回版を改めるに際して新しく読み返してみると、部族の頃からインド・ネパールへの巡礼、屋久島での新しい生活と、彼女に根底から支えられていないものは何ひとつとしてなかったことが、分かる。順子よ有難うと、胸はまたもやつまる。
しかしながら、すでに新しい旅が始まっている。その旅は、彼女の、従って僕たちの墓を、この屋久島の地に新しく作ると彼女の死の直後に決めた時から、眼には見えず始まっていたものである。
墓地によって根付くとは、いかにも平凡で通俗な旅の様相ではあるが、その平凡性、通俗性の底に、僕これまで見たことのなかった新しい光を感じている。回帰するということが、この時代にとってますます緊急の課題として与えられていることも、その光の中で感じている。
この本は、一九八二年七月に初版第二刷が出て以来、絶版とされていたものである。このたび野草社の石垣雅設さんが、有難いことに版を新たにして再刊して下さることになった。読み返してみて、多くの欠点や反省すべき点があるが、一冊の書物として少なくとももう十年は、読むに足る内容を含んでいるのではないかと思う。僕もこれからまた新しい旅を続けて行くが、特に若い同朋達に、心の真実の願いを実現して行く手だてのひとつとして、この本のような旅もあったことを参考にしていただければ幸いである。誤字その他の訂正を除いては、本文は初版のままにし、手を加えなかった。
(「野草社版へのあとがき」より)
目次
序
第一章 水 聖老人の島
- 内在律考――ノアの島のタブー 私のタブー 共同体のタブー 法(ダルマ)
- 廃村から 白川山 ザーネンと島山羊 鯖経済 手というもの タダミカン ウズラの啼く夜
- 有機農業のすすめ
- 豚談義 豚談義その一 豚談義その二 豚談義その三 豚小屋作り 成人式
- 桑の木の下にて 百姓の現実 沈潜畑 自然農業 桑の木の下にて
- 山羊の死んだ日 楽しい百姓 山羊の死んだ日 もうひとつの文化
- 聖老人 花の咲く頃 祖父母の墓 開墾・四十の手習い 祖母の死、祖父の死
第二章 風 部族
- 部族の歌 ピラミッド文明 フリーソング 神 アナーキー 定着と放浪 家族、私有財産
- エメラルド色のそよ風族の話 出発 経済 魂
- ほら貝の記 ほら貝 スナック〈ほら貝〉 神の所有物
- カルマ・生きること バンヤン・アシュラム アシュラムの朝 アシュラムの昼
- アシュラムの夜
- 十二月の旅
- 一月の旅
- 六月の旅
第三章 火 インド巡礼
- 星を映す目 カルカッタにて ひかり
- 加藤上人との出会い チベッタン・テント村 加藤上人との出会い
- 愛に住む 高貴なる乞食の国 ベナレスのダルマさん ラームプラサードは歌う
- 質素な生活
- ある老いのヴィジョン インドの“四住期“の考え方から 神の都ベナレス ベナレスで出会った老人 学生期 家住期 林樓期 遊行期
- 私のラーマクリシュナ ブラフマンとの一体 サマーディの日々 神を求めて泣きなさい カルマ・ヨーガ
第四章 地 八百屋として
- 火を見詰めて どうしたらいいだろう 火を見詰めて 政府と国民とは同じものだ 東洋の確信 認識の共同体
- 太郎に与える詩 結婚式〈もうひとつの生き方〉と親〈もうひとつの生き方〉と子供
- 心の祭壇としての山々 地に立つ 信仰の山々 山は心の祭壇である
- 中千家流茶の心得
- 自己自身(アートマン)への道と心の共同体 心身の健康を求めて 呼吸 人生の目的 いきかたを変える健康とは何か アートマン 内面世界への旅 死をも祭る
- 長本兄弟商会奮戦記 八百屋のスタート さまざまな生産者との出会い お得意
- さん千軒を目指して 連帯の輪を広げる
第五章 悲 再び聖老人の島より
- 悲の道
プラサード書店版へのあとがき
野草社版へのあとがき
・詩
- 夕日
- 歌のまこと
- 聖老人
- おしっこ
- 大工
- 夢起こし
- カワバタさん
- じゃがいも
- 茶の花
- 私たちの秘密
- 沈黙
- ブラフマンの夜
- 家の裏
- 日と月
- 焼酎歌
- 母と子
- 家族
- 時
- 彼岸過ぎ
- ベナレス風景
- 西行様
- 太郎に与える詩(うた)
- じゃがいも掘りの歌
- 涙
- 月と阿弥陀佛
- 歌
- 道
- 百姓の私の祈り
- 子供たちへ
- 水の音
- 川辺の夜の歌
- すみれほどの小さき人に