1993年5月、浮游社から刊行された西村博美(1948~)の第4詩集。著者は奈良市生まれ、刊行時の住所は奈良市。
山椒ヲ植エマシタ。三枚ズツ葉ヲチギッテ、マイニチ豆腐ニ載セテ食べテイタラ、一年デ消エマシタ。三ツ葉ノヒトリ生エヲ朝ノ味噌汁ニ刻ミマス。茎ノチョット紅イノモ、葉ノ緑ガ俎板ニ残ルノモ。青紫蘇ニ少シ醬油ヲ落トシテ炊キタテ御飯ツツミマス。雨ガ、イトキ名残ノ芹ニ降リマスル。露ニ青葉が匂イマス。アア縁先ノ麗シイ芳香家族。オジサンハ、チョット元気ナク四十五歳ニナリマス。
叔父――母のすぐ下の弟が死んだ。小さなわたしを背に、田舎の座敷を「ハイハイ」してくれた人の棺を担いだ。祖父、祖母、叔母そして叔父と母の血につながる人がひとりまた遠くへいってしまった。叔父はあまり多くを話さない人であった。少しの酒を静かに飲む人であった。
再婚して、生家に近い地蔵堂の隣の借家に住んでいた母は、ここの水は少し鉄気(かなけ)が多くて――と、布に漉しながら使っていた。叔父の死を聞いて走るバスの窓に、母の家はちらっと見えて、また森のなかに消えた。
詩稿を持って、旅をした。四国は、物部川に沿う奥深い山里の猪野沢という鉱泉。清流四万十の河口、中村の街。宇和島、大洲。会津若松の夜の道に、きゅるきゅると雪を踏んだ。蔵王南麓、鎌先の湯は大雪警報下にあった。安来、鷺の湯で、妻を亡くしたばかりという人と同じ湯に入った。
そんな多くの出会いの中で、この詩集の形のようなものが少しずつ固まりはじめ、ゆっくりと確かなものになっていった。
そして、今回も「浮游社」中西徹のお世話になる。
(「あとがき」より)
目次
1
- 声が
- 電話
- 電球
- 墓参りに
- 予感
- デンデン虫
- ムシのかお
- 花の名
- 境界
- つくえ
- 少年
- 伐ること
- 場所
- 水
- かるかんまんじゅう
2
- 芳香家族
- 秋ぞら
- 返事
- スケッチ
- 青空
- テスト
- チャイム
- 運動会の日
- クモ
- 散歩から
- 月のない空
- ほたる
- 新口語体
3
4
- 墓地
- 訪問
- 線香
- 外套
- 葉ボタン
- 風呂
- 甲斐性
- 耳の奥から
あとがき