1995年2月、詩学社から刊行された中正敏(1915~2013)の詩集。装幀は北見俊一。
鎹(かすがい)は水に打ちこめない。沈むだけだ。それを承知で、さきに『水の鎹』を出した。
鎹が生と死をつなぐよすがとなればと、淡い祈りのような悲願であった。でも、死はなしの礫(つぶて)。いわば『水の鎹』は生者のたわごとか、ばかさでしかない。
詩というものがもしあるとすれば、詩は生きるものの支えとなるやもしれない。生死を究める哲学の詩も、レクイエムの詩も、死者のものではない。生きている人のものである。
詩は死にとって、なんの役にもたたない。死は詩が書かれているのを知らないのだから、鎹であろうはずはない。
いま『人のいない国』を書くのは、やがておさらばするだろう自身への、メモのようなもの、生きながら死んでいるにんげんへの小声の挨拶である。時空への囁きともいえる。死は詩を読まず、詩を書かない。
(「終りに」より)
目次
Ⅰ
Ⅱ
- じん肺
- ヒューペリオンの塔
- エグゼキュトアール
- 罠
- 夢の姿
- 笹舟の町
- 野田藤
- 父の背中
- 踏絵
- ティブル・ファイアー
Ⅲ
終りに