1977年12月、オリジナル企画から刊行された川満信一(1932~)の詩集。著者は宮古島生れ。
高校の頃、自分の感受性が、詩のかたちで表現を整えていく面白さを体験し、嬉々として、何篇かの詩らしきものを書いた。そして友人たちに、そのノートを見せ、ひそかに自負した。その頃、平良市の街はずれに住んでいたが、かなり離れた所に共同井戸があり、そこから水を汲んで、運ぶのはきつい労働だった。そのために、その水汲みの仕事は、結構いいアルバイトになった。隣近所の四、五軒と契約して、まだ薄暗いうちから、天秤棒に桶二つ吊し、一軒当たり三往復ずつ運んだ。学校から帰ると、畑打や、野菜の栽培、収穫などのアルバイトをした。稼いだ賃金は、弟と二人の生計費と学費に当てられるので、とても参考書などそろえる訳にいかなかった。幸い、裁判所の地下壕に避難させておいた、宮古図書館の本の一部が、戦災をまぬがれ、物置き小屋を利用して、貧弱な図書館が開設されたので、そこから借り出した文学書を、手当たり次第に読むことができた。から草模様の夏目漱石全集、島崎藤村の全集、志賀直哉全集、それにドストエフスキー全集、世界文学全集などが、欠巻もなくそろっていた。また、石川啄木や北村透谷、北原白秋などの詩集もあった。それらの文学は、もちろん理解できるはずもなかったが、それは驚嘆に満ちた魅力ある世界に違いなかった。お蔭で、過労と慢性睡眠不足から、強度の不眠症になってしまい、毎晩、幽鬼の脅迫に悩まされた。
琉大に入学してからも、那覇軍港での夜間荷役、牧港米軍冷凍庫内の荷役、民間材木屋での材木運びなど、アルバイトの連続であった。ひどく辛くて、ガーブ川沿いの屋台で、泡盛をガブ飲みし、深夜、寄宿舎へ帰って、ぶつぶつ独り言をいいながら、涙をかみころしていると、すぐ隣りに寝台を並べている、当時、無頼の徒であった新川明から"クソッタレブッコロシタルデー"と威嚇されたりした。やはり同じ棟に、吉川ヒデオという先輩がいて、短歌を書いていたが、そのひとが、ぼくのノートを、たまたまみて、一緒に雑誌つくろうや、ということになり、ガリ版刷りで『琉大文芸』創刊号を出した。そのあとから正式な文芸クラブを発足させようということになり、松原清吉、新川明らが中心になって、現在に到る『琉大文学』の創刊号が発刊された。
デカダンスな雰囲気に傾いていた初期の琉大文芸クラブは、間もなく、朝鮮動乱、米軍の基地拡張のための土地強制接収、日本共産党の地下潜行といった、時代の暗澹とした重さをくぐる過程で、マルクスやレーニン、プロレタリヤ文学との必然的な出逢いを通して急速に方向を転換していった。なかでも伊佐浜土地闘争で、米軍の銃尾板で打ちのめされた体験は、ぼくの行為に、ある方角の矢印を刻みつけた。理念的指標のために、ぼくは、自分の想像のなかで、幾通りもの凄惨な死へ向って跳躍するプロレタリヤの戦士となり、ヒロイズムを培養した。死は、たとえ小林多喜二の殺され方や、エセーニンの殺され方のように、情況との凄惨を果たし合いの結果、権力の手によって、あるいは自らの手を借りて殺される、という能動性の死としてしかイメージされなかった。七〇年闘争で、惨めに機動隊に打ちのめされ、ほめく傷口の痛みに耐えながら、留置場の夜を迎えるとき、そこには禍々しい夢魔の跳梁があった。詩は捨てられ、痩せて、観念は肥大した。そういう情況のなかで書かれた詩はプロパガンダの調子になってしまう。体験の内的咀しゃくが不十分で、詩のふくらみをつくり出す余裕を欠いてしまうのである。しかし、あえて、この詩集には、何篇かそのたぐいの作品も収録することにした。
それから、古代さながらの村落で、幼児期を過ごしたために、ぼくの感受性は、いまでも古代人のしっ尾を引きずっているように思える。ぼくの思想の屈折と陰影は、外的状況の反転に対応し、また、私的情況の淵を、幾通りも下降しながら、その捩れ具合を強めている。そして、どうやら自分の行為を対象化し、体験の内的咀しゃくを果たしていくだけの距離のとり方がのみこめてきた。その意味からすると、ぼくの文学が出発するのは、むしろこの詩集が出たあとかもしれない。
拙い詩にもかかわらず、心良く略注を書いて下さった島尾敏雄氏に深く感謝し、また編集、校閲に力を貸してくれた新川明、岡本恵徳、勝連敏男氏らの友情、出版の労を引き受けてくれた水納あきら氏、その他の方々に感謝する。
(「あとがき」より)
目次
Ⅰ
- 記憶
- 鷹
- 若鷹と老鷹
- 海
- 危険な朝
- 出稼ぎ二代
- 虚落への行程
- 阿鼻のゲリラ
Ⅱ
Ⅲ
- 九月の家族
- ギヴミー文化
- 証人台――伊佐浜土地闘争の記録
- 帰れ!武器を捨てて
- 死者たちの恨みの深さで!
- コザの夜
- チューリップとメザシ
- 闇の繭
- 義眼との訣れ 16
- さびしい旗
Ⅳ
- 夜から朝へ
- 島(Ⅰ)
- 島(Ⅱ)
- 遺跡島
- 喪失の祈り
- 海の思念
Ⅴ
- 哭く海
- 叩かれる島の怨念
- 回帰
- 神話への予感
川満信一詩集略注 島尾敏雄
あとがき