斉藤一次 斉藤一次全詩集 腐食した昼と夜

 1994年3月、私家版として刊行された斉藤一次の全詩集。

 

 昭和十二年九月二十二日、これは私の生年月日である。
 この生年月日は千葉県の裁判所と千葉県の警察署が立ち会いで作って貰った戸籍抄本である。 斉藤一次と言う名前は誰が付けてくれたものか知らないのである。
 まったく住所不定で生活を送って過していたのである。
 そんな訳で自分は、生まれた時からの天涯の孤児であった。その為にありとあらゆ
る場所で寝泊りして、ありとあらゆる職業を掻い潜って生きて来た記憶すらないのである。
 本当にひどい時は、ある病院に行って、自分の血を二〇〇ccを六〇〇円で売って、自分の命を自分の血で助けたこともあった。
 その時は、丘に転がっている土管の中に筵を敷いて、バナナ一本、玉子一個、コッペパン一個を食べて何時間も土管の中で眠って過ごした時もあったのであるが、自分が十五才~十六才の頃であろうか、そんな時、自分を見て救って下さったのは、荒地同人の詩人である佐藤木実先生であった。
 先生は家族の一人として私を見て下さった。以後、私はいつも母として慕い生きて来たのである。
 自分は幸いに生活が苛酷で悲惨であればあるほど、物を書き詩を作ることで、あらゆる苦の出来事が自分に迫って来ることからのがれて生きてきたのであるが、詩を作ること、それも母の愛の賜である。
 自分は以上のように生まれた時から人並みの教育には無縁であったが、いくらかでも字が書けるようになったのは詩人の母のお蔭であり、詩人の母の背中を見ながら、読む、書く、詩を作ることは、この母のお蔭であると現時点でもそうであると信じている者である。そんな生活であるのであらゆる詩会には無縁であった。
 この詩集は詩人の母に捧げる感謝の魂であり、今後自分を支えてくれた知人友人への心からの贈り物で、氏名をそのまゝ詩集の中へ、作品の中へ入れさせて戴いたことを深く感謝するものである。
 そんな訳でこの詩集は自分の生活、幼児の時より物を書き始めた時から、現在の詩、骨の中の移行までを含めて、前に原稿が散らないようにと作った詩本の中から作品としてひろい出して付け足したものを含め、全詩集として発刊させて戴いたものであり、日記的な書き物等を詩として集めたものであるので、作品の批判は自分の気持ちの上から一切が無意味であると思う者である。
 それは何かを書かなかったら生きてこられなかったからである。
 最後に友人であった、元木更津高校教諭・渡辺恵一氏(故人)、大成建設・市川文雄氏(故人)、前回詩集を作る仕事をして戴いた深井一二氏、今回詩集発刊で装幀までお願いして製本を引き受けて戴いた印刷会社社長・中島和夫氏に深く感謝致します。それにとある会社に勤務中、仕事が忙しく、激務の中で原稿校正を頼み、快く見て戴き、製本作りに全面協力を下さった海宝康夫氏と渡辺征夫君に心より感謝致します。そのような訳で、故人への感謝を込めた製本であり、猶、現時点までの自分を支えて下さった知人、友人への感謝の詩集であります。
 又、嘗て日常生活で何かと御相談に乗って下さった作家の瀧由之介氏、写真家の本吉哲也氏に心よりお礼申し上げて筆をおきます。
(「あとがき」より)

 

目次

  • すらっとした話語
  • 詩というものに対して
  • お前はなんのために
  • 憂美思
  • 荒地という僅かな二ツの言葉の裏に
  • 蛙のうた
  • 腐蝕のない風景の中で
  • さすらい
  • 愛ちゃんⅠⅡⅢⅣ
  • 母のうたⅠⅡⅢⅣⅤⅥⅦⅧ
  • キャバレーの中に
  • 影と電話との対話
  • 腐蝕した夜の会話
  • 闇に生る影に向って
  • 二時間十五分の私小説的詩
  • 遠くで鳴く蛙の声は
  • 逢びきのあとに
  • 四季句
  • 躑躅の花
  • 雨の夜
  • 風景の中の声
  • 朝陽
  • 蜻蛉
  • 暑くなる日
  • 蝦考蟹
  • 風鈴
  • 梅干
  • 白鷺
  • へら釣
  • 蝙蝠
  • アフリカ
  • 黄金虫
  • 虫の声
  • 銀杏の葉
  • 毛皮のチョッキ
  • 悪い夢
  • 菌取り
  • 雨雲の下で
  • 慕情ⅠⅡⅢⅣⅤⅥⅦⅧ
  • せめて望みだけでも
  • もとめるものは
  • 詩人うた
  • 珍田渓見君へ
  • 泣く小鳥に向って
  • 山の影
  • 新春に寄せる詩
  • センチメンタルなゴキブリの詩
  • 金のない国へ
  • 警告するものは
  • 翳り
  • 死沼に生きる青蛙
  • 死者が乗る船
  • 腐蝕した昼と夜
  • 腐蝕の中の生と死
  • 無題
  • 視覚のない空に
  • 灯し火
  • 六月の憂鬱な海の中で
  • 落葉
  • 枯れ葉ⅠⅡⅢ
  • 久しい友へ 
  • 星の消えた空に
  • 影姿を笑うな
  • 霧の海
  • 悲しみの底からⅠⅡⅢ
  • 蟋蟀
  • 石の中の花
  • 骨の中の移行
  • 安らぎをもとめてⅠⅡⅢⅣⅤⅥⅦ
  • 母へ
  • 光と影
  • 涙の花を
  • 白い鯨の詩
  • 光と影のなかに 
  • 踊子
  • ともしびの始めに
  • 流砂
  • 始めが終わりになった時
  • 恋人のために
  • 別離のために
  • 傷ついて永眠するものに
  • 一匹の蝉の夢の中に
  • 歴史への回想
  • 魔子に送る詩ⅠⅡ
  • 闇に舞ふ蝶ⅠⅡⅢ

あとがき

 

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