1979年2月、筑摩書房事業出版から刊行された阿部博好の第1詩集。
四十八年生きてきたぼくの小さな証しである。平凡な人間の平凡な人生記録と云っても良いかも知れない。
前篇はぼくの生れ故郷であり少年期青年期を過した福島県伊達郡飯野町(旧大久保村)での生活の中から生れた詩である。その日の生活(くらし)が精一杯でやっとこさ生きてきたのだったが医師の三瓶忠氏はじめ幾たりかの温い友情を忘れることは出来ない。
前篇と後篇の間には凡そ二十年の空白があるが上京以来偶然お近づきさせていただいた高田博厚さんからはすべての面で多くの示唆を得た、美についてそして人間の生き方についてこれ程偉大な存在はなかった。感謝して感謝しきれるものではない。
池田満寿夫さんの作品との出会いも又ぼくに芸術作品に触れる喜びと楽しさを存分に味合はせてくれた、池田さんの作品にとり囲まれて居るかぎり現世の苦痛から解放され倖せだった。そんな中から或る日詩が生れた。後篇はこ三年程の間に生れた詩である。
田舎に居た時分から通算するとぼくはもう三十年新聞の配達をやっている。これはぼくにとって大事な仕事でありこれなしにはぼくの生活も詩もなかったような気がする。腰のあたりまで雪につかりながら遠く安達太良や吾妻の連峯をのぞみながら新聞を配ったこと、いま高層アパートの屋上から朝焼け夕焼けの富士をのぞみながら新聞を配ることになんの矛盾もない。人間も又同じである。やっぱりぼくはこの仕事が好きなのだろう。これ迄この仕事を続けて来れた幸運に感謝したいと思う。
新聞社の仲間に誘われて詩を発表したとき思いがけず片岡文雄さんから懇切なお便りをいたゞいた。ぼくはこの国の詩人とか詩壇とか全く知らないが片岡さんの手紙には卒直に共感出来るものがあった。今度跋文を書いていたけたのは望外の喜びである。
高田博厚さんに文章をいたき池田満寿夫さんからは文章に美しいデッサンまでいたゞきこんなに嬉しいことはない。
(「あとがき」より)
目次
前篇(一九五〇――一九五八)
- 狐の足跡
- 老婆の死
- ある農家で
- 友の窓辺にて
- 部落の娘の婚禮の日
- ノア(愛犬)
- 砕石場にて
- 断想
- 思慕
- 根雪
- 新聞配達
- 春
- 搾油所のお上さん
- 新緑の林にて
- もんずの卵
- 藁塚
- 今でも
- 花見の朝は
- 五月
- わがまゝ
- 米子のお見合の日
- 少女
- 二月
- 新婚
- 妹嫁(ゆ)く
- 妹へ
- 『鳥の歌』カザルスの弾く
- 母と子
- 二十八歳の誕生日に
- ヨハン・セバスチャン・バッハ
- 集金
- ノア(愛犬)初産
- 小麦の収穫れ
- 暗い機場(女工の嘆き)
- 合歓の花
- モーリス・ラヴェル
後篇(一九七五――一九七七)
- 池田満寿夫版画作品に寄せて
- 鏡の中の青
- 天使の靴
- 天使の扉
- レーンちゃん
- こどもの祈り
- 戸口へ急ぐ貴婦人
- 都会の朝(タエコの朝食)
- 離別(虹をのむ女)
- 星を採る女たち
- 詩がやってくる日
- 幻
- タムラリュウイチ
- 樹木
- 愛について
- 意志
- 四十五歳の自画像
- 椎間板ヘルニヤ
- 家鴨
- ともだち
- コジマ君
- ゆうぐれ
- むすめ 里美十四歳
- マサちゃん
- 抱擁
- 小さな石
- 油蟬のことⅠⅡⅢⅣ
- 姉とぼく
- ユキとマスオと
- 旅の想い出
- Ⅰロンドン
- Ⅱ巴里
- 母
- ニッポン一九七七年某月某日