1962年7月、雪華社から刊行されたアンソロジー。朝日新聞に143回連載された自作を語る「わが小説」をまとめたもの。編者は朝日新聞東京本社学芸部(責任者・扇谷正造)。幸田文、庄野潤三、中野重治からは収録の承諾が得られなかった。
私にとって、深く感じさせられたのは、発表当時、批評家がほとんど黙殺し、またはとりあげてくれなかった作品を愛惜している文がかなり多いことだった。それは批評家と同時に我々にとっても痛いことだった。
当然のこととして処女作または出世作が多く登場して来ていたが、その中で川口松太郎氏の直木賞受賞前後が興味深かった。同じく第一回芥川賞の石川達三氏は、詮衡委員の大部分が石川氏を知らなくって、もっぱら作品論に、論議が集中されたのに対し、川口氏の場合は授賞作品より授賞者に対する批評が、はげしかった。
それをみて、佐佐木茂索氏が、「人生、知らるるも憂し、知られざるも憂し」といった――ことを記しているのだが、この一語が、特に、私には残った。
「わが小説」のその「小説」自身が、案外、「文学、知らるるも憂し、知られざるも憂し」といっているかも知れないからである。
(「あとがき/扇谷正造、朝日新聞東京本社学芸部」より)
目次
- 阿川弘之 ぽんこつ
- 安部公房 第四間水期
- 阿部知二 風雪
- 網野菊 憑きもの 金の槍
- 有吉佐和子 紀ノ川
- 飯沢匡 帽子と鉢巻
- 石川淳 喜寿童女
- 石川達三 人間の壁
- 石坂洋次郎 若い人
- 石原慎太郎 日本零年
- 石上玄一郎 日蝕
- 伊藤整 氾濫
- 稲垣足穂 弥勒
- 井上友一郎 銀座川
- 井上靖 天平の甍
- 岩下俊作 富島松五郎伝
- 宇野千代 未練 おはん
- 梅崎春生 庭の眺め
- 江口渙 黒旗の下に
- 江戸川乱歩 パノラマ島奇談
- 円地文子 花散里
- 遠藤周作 アデンまで 海と毒薬
- 大江健三郎 芽むしり仔撃ち
- 大岡昇平 武藏野夫人
- 大下宇陀児 虚像
- 大田洋子 山上
- 大谷藤子 須崎屋
- 大原富枝 婉という女 女は生きる
- 尾崎一雄 二月の蜜蜂
- 尾崎士郎 篝火
- 大佛次郎 スイッチ猫
- 海音寺潮五郎 茶道太閣記
- 開高健 日本三文オペラ
- 川口松太郎 鶴八鶴次郎
- 川崎長太郎 朽花 裸木
- 上林曉 聖ヨハネ病院にて
- 木々高太郎 エキゾチックの短篇集
- 菊村到 夜の檻の中で
- 北島八穗 自在人 東宮妃
- 北原武夫 妻
- 木山捷平 海の細道
- 久保田万太郎 樹蔭
- 黑岩重吾 真昼の罠 脂のしたたり
- 源氏羯太 重役の椅子
- 小島信夫 墓碑銘
- 小島政二郎 円朝
- 五味川純平 人間の条件
- 五味康祐 喪神 一刀裔は背番号6
- 小山いと子 海は満つることなし
- 今官一 牛飼いの座
- 今東光 岡瑪
- 今日出海 山中放浪
- 神山潤 歴史
- 佐多稻子 くれない
- 佐藤春夫 晶子曼陀羅
- 里見弴 実川延童の死
- 澤野久雄 夜の河 風と木の対話
- 椎名麟三 半端者の反抗
- 獅子文六 娘と私
- 司馬遼太郎 梟の城
- 芝木好子 洲崎パラダイス
- 柴田錬三郎 テスマスク イエスの商
- 洪川驍 樽切湖
- 島尾敏雄 夢の中での日常
- 子母況寬 弥太郎笠
- 城夏子 蝶
- 白井喬二 金欄戦
- 白川渥 崖 村梅記
- 城山三郎 辛酸
- 芹沢光治良 ざんげ記
- 曾野綾子 リオ・グランデ
- 高木彬光 白昼の死角
- 高見順 今ひとたびの
- 瀧井孝作 無限抱擁
- 多岐川恭 異郷の帆
- 武田泰淳 森と湖のまつり
- 立野信之 流れ
- 谷崎潤一郎 夢の浮橋
- 田宮虎彥 小さな赤い花
- 田村泰次郎 春婦伝
- 檀一雄 リツ子・その愛 リッ子・その死
- 壺井栄 裲襠
- 寺崎浩 肌は匂っていた
- 戶川幸夫 オホーツク老人 高安犬物語
- 冨沢有為男 地中海
- 富田常雄 雪もち笹
- 十和田操 判任官の子
- 永井龍男 一個
- 中河与一 鏡に入る女
- 中里恒子 若き葡萄
- 長田幹彦 澪
- 中谷孝雄 業平系図
- 中野実 パパの青春
- 中村真一郎 死の影の下に
- 中山義秀 碑
- 南条範夫 わが恋せし淀君
- 新田次郎 虹の人
- 新田潤 煙管
- 丹羽文雄 有情
- 野上弥生子 海神丸
- 野間宏 さいころの空
- 土師清二 風雪の人 萬歲栗毛
- 長谷川四郎 背信湾の人質
- 長谷川伸 幕末美少年録
- 林房雄 緑の水平線
- 原田康子 殺人者
- 平林たい子 一人行く 人の命
- 広津和郎 神経病時代 泉へのみち
- 福永武彦 形見分け 告別
- 藤枝静男 凶徒津田三藏
- 藤澤桓夫 花粉 新雪
- 藤森成吉 太陽の子
- 舟橋聖一 鵞毛
- 船山馨 夜の傾斜
- 星新一 ボッコちゃん
- 細田民樹 それを敢てした女
- 堀田善衛 時間
- 正宗白鳥 人間嫌ひ
- 松本清張 断碑
- 丸岡明 青春の歌
- 三浦朱門 セミラミスの園
- 三島由紀夫 獣の戯れ
- 三角寬 昭和毒婦伝 『サンカ物』
- 水上勉 霧と影
- 武者小路実篤 友情
- 村上元三 平賀源內
- 室生犀星 蒼白い巣窟 蝶
- 森田たま 残月
- 森山啓 誰にささげん
- 安岡章太郎 雨 海辺の光景
- 穂高徳蔵 道
- 山岡莊八 德川家康
- 山崎豊子 船場狂い ぼんち
- 山手樹一郎 うぐいす侍
- 山本周五郎 『これから』
- 由起しげ子 赤坂の姉妹
- 橫溝正史 獄門島
- 吉屋信子 安宅家の人々
- 吉行淳之介 闇のなかの祝祭
- 和田傳 沃土、鰯雲
あとがき 扇谷正造