2006年3月、角川学芸出版から刊行された筑紫磐井(1950~)の評論集。
本著は、これまでに刊行した『定型詩学の原理』(二〇〇一年九月、ふらんす堂刊)『近代定型の論理』(二〇〇四年三月、邑書林扱)に新しい要素はほとんど加えていない。第三部の第一章(詩の起源)が目新しいぐらいのもので、あとはこれまでの私の考え方に従っている。しかし体裁は大幅に変わっており、この論の主役は藤井貞和氏の『古日本文学発生論』『「おもいまつがね」は歌う歌か』『物語理論講義』『湾岸戦争論』となっている。これらに対する批判・吟味が主要な内容であるが、読まれた読者には分かるように、第一部(吟味)の基本シナリオ(神歌―呪謡叙事詩)・フルコト論が第二部(批判)の神がかりの系譜に、第一部のウタ論が第二部の歌謡の定型的分析に対応している。また、前期理論で宿題となった、抒情歌謡の発生、呪詞と歌謡(定型詩学で言えば用語反復と要素反復)の統合問題は、第三部の詩の起源で再び取り上げてみた。
第三部第二章(湾岸戦争論)は少し変わっているが、発生論・起源論の原理が実際の詩の制作にどのように反映されるかを考えてみたものである。詩人・俳人の内部からの起源論といえるだろうか。この章に関連して、著名な次の詩を見たい。
乱暴な大洪水 藤井貞和
乱暴なお父さん 乱暴な泥の海 乱暴なお祈り 乱暴な戦闘機 乱暴な手の御嶽の木
長夜の眠りはついにさめるのか 乱暴な声は長夜になりひびき 乱暴なしののめ 幼い天文科学者の乱暴な眼と望遠鏡と恋しいお母さんの故里 乱暴な流れの河原に天文薄明は降りてくる 遠い守りか、家事の烽をなげうつ山嶺のひかりもの たにあいのくらみには野荒しの猿のこえ ひしょうするそらのばけ物あれは兄さん 乱暴な姉さんは脱ぎ捨てて泥の海へ沈んだ 最初の地面がこのようにして風のようにないだのは姉さんの仕事 世界がしらかべと水とに分かれたのは姉さんの仕事 僕を火口に置き去りにした 知らない僕をいつまでも知らないままにあらせよ
近代詩に特有な改行を持たないこの詩を詩たらしめているのは、多分「乱暴な」「姉さんの仕事」などのリフレイン(反復)である。結局、この古代文学研究者である藤井貞和という現代詩人の内部においても、古代そのままの定型の原理が働いていることを確認するのである。
蛇足ながら、参考とした「定型詩学入門」は藤井氏の著作との対比ではなく私の構成に従って定型詩学を解説したもので、大半が「國文学」「現代詩手帖」などへの発表文に手を加えたものである。本論が単なる批判に終始しているように見える読者には、定型詩学側の論理をこの参考で理解していただければ幸いである。
(「あとがき」より)
目次
はしがき
第一部 発生論の吟味
第一章 藤井前期理論
第一節 基本シナリオ (神歌―呪謡―叙事詩)の設定
第二節 南島歌謡の構造と変化
- 第一項 神話と歌謡の一致
- 第二項 呪謡の先行
- 第三項 神話・呪謡の変容
第三節 ウタとフルコト論
- 第一項 ウタとは何か
- 1 ウタの種類
- 2 唱えるウタ(もう一つの歌わないウタ)
- 第二項 上代文学におけるフルコト
- 1 フルコトの発見
- 2 歌におけるフルコト
第二章 藤井後期理論
第一節 前期理論の問題
- 1 抒情歌謡の発生のメカニズム
- 2 唱えるウタの系譜
第二節 『物語理論講義』による前期理論の変更
- 1 折口の信仰説批判
- 2 発生的和歌研究批判
- 3 基本シナリオの変質
第三節 後期理論の新項目
- 1 歌謡の本質
- 2 文構造的な詩学
- 3 五七律外国導入説
第二部 発生論の批判
第一章 前期理論批判
第一節 歌謡の定型的分析 (要素反復と構造反復)
- 第一項 定型詩学前史
- 第二項 定型的分析
第二節 神がかりの系譜(用語反復1)
第三節 フルコト批判 (用語反復2)
- 第一項 フルコトの範囲の確定
- 第二項 フルコト論の検証
第二章 後期理論批判
- 1 歌謡本質批判
- 2 文構造的な詩学批判
- 3 五七律外国導入説批判
- 4 物語学批判
第三部 起源論の解明
第一章 詩の起源
第一節 起源論について
- 1 発生論の枠組み
- 2 定型散文と定型歌謡の関係(呪詞の変遷)
- 3 発生論と起源論
第二節 酒宴起源說
- 1 酒宴と歌舞
- 2 酒宴歌の発生と派生
- 3 酒宴にかかわる寿詞
- 4 縄文呪詞(縄文歌謡)と弥生酒宴歌(弥生歌謡)
第二章 湾岸戦争論(現代俳句批判)
- 1 起源論から詩の原理へ
- 2 「俳句は戦争に無力であったのか」の検証
- 3 ジャンルの滅亡のメカニズム
- 4 俳句の本質・詩の本質
参考 定型詩学入門
第一章 上代歌謡
第二章 和歌様式
第三章 催馬楽様式・田歌様式
- 1 神楽歌・催馬楽・風俗
- 2 やすらい歌(夜須礼歌)
- 3 田歌
第四章 明治新体詩様式
- 1 明治前期の韻律
- 2 有明と虹
第五章 結びに
「詩の起源」 巻末注
主要参考文献
あとがき