1979年2月、もぐら書房から刊行された台湾アンソロジー詩集。編集は北原政吉(1908~2005)。
台湾現代詩集という題名にちなんで、はじめにちょっと述べさせていただきましょう。
ご承知の通り台湾は海島です。台湾という呼び名は地域の名称です。
またここで現代とは、このたびの大戦が終ってから後の時代を意味し、現代詩とは日本文学史に於いて、近代詩に対する現代詩という区分にひとしく、詩的精神に於いても作詩法に於いても新しい詩、今日の詩という意味で、戦後、台湾が日本の領土でなくなってからの新しい詩という歴史的な含みがあると弾力的に解していただくと幸いです。
この詩集は戦後の台湾詩壇の動向を収斂するとともに、明日への展望を探索しようとする人々には複雑な示唆と多くの問題を提供することと思います。そこで詩的水準の高さを崩さないように心掛け、幅広く多く採ることと、個人紹介に努めました。即ち、顔写真や、生年月日、学歴、現住所、詩集、研究論文、翻訳著書、その他活動等。
かつて日本語を学び、日本語で詩作した者と戦後生まれの台湾人と、戦後中国大陸から移住してきた者等が、揺れ動く情勢のなかで詩作している実情は、単に詩論を異にしているとか、趣味嗜好の相違とか、思想がどうの、世界観だ、宇宙観だと、のどかな鳥籠の中で囀りあっている平和な国の詩人とはちがって、せっぱつまったものがあるのは、果たして幸か不幸か。ともあれ、台湾と現代詩に関心を持っておられる多くの方々の繙読をひとえに乞い願うものであります。
(「はしがき/北原政吉」より)
「台湾現代詩集」は、一九七七年八月上旬に私と宮崎端氏が台湾を訪れ、台北で、「笠」詩社長陳秀喜女史をはじめ同人諸氏に会って発行の趣旨を述べ、協力を要請し、翌日、秀喜女史と共に豊原市を経て、台中に陳千武氏を訪れ快諾を得たことによって、具体的に動きはじめました。まもなく、詩誌「笠」に原稿募集を広告し、作品はひとまず陳千武氏のもとで取りまとめていただいたのです。それを私の方に送っていただき選別編輯して宮崎氏のもとに届けて上梓されるようになりました。
この間やく一年を経過しましたが、計画は順調に進みました。ひとえに陳千武、陳秀喜、宮崎端三氏のおかげです。有難く感謝いたします。
この詩集は三十名の詩人からいただいた詩九十五篇からなっています。その性別は男二十六名、女四名で、日文でこの詩集のために自ら書き下し作品を寄せられた詩人は、巫永福、林鐘隆、周伯陽、陳秀喜の四氏。
日文で発表した詩集から編者が選んだもの、潘芳格詩集「慶寿」。
また自作を自ら日文に翻訳してくれた詩人は、詹氷、黄霊芝、陳千武、陳明台、杜国清、林亨泰、陳金連の諸氏であり、白萩、李敏勇、拾虹、非馬、許達然、岩上、李魁賢、鄭燜明、郭成義、曽妙容、陳坤崙、旅人、衡榕、趙天儀、林宗源、趙廼定、陳鴻森、黄騰輝諸氏の作品は陳千武氏の協力によって日文に翻訳されたもので、この十八名の詩人のうちには日本語での会話はいうまでもなく、日文でも詩作自在の力量の持主でありながら、日文には自信がないからとためらって、陳千武氏の協力をうけた方が何人かいると推量されます。それは「笠」の同人である私が漢字だけで現代詩を書く自信がないのに似たところがあるように思われます。翻訳となるとためらいが先に立つものです。それにしても、これから何年か過ぎると台湾に置き去りにされた日本語は遺産的な存在から補われることもなく古墳化し化石となり果てるかも知れません。そう思うとこの小さな「台湾現代詩集」にもいささか文化的な意義があるのではないでしょうか。
この詩集は詩誌「笠」の同人によって占められています。台湾に於ける詩壇の現況とか、戦後詩壇の変遷とか、台湾と現代詩の動向などを煎じ詰めてまいりますと、自ら「笠」誌が今日の台湾を代表する現代詩人の機関誌であることが明らかになってまいりますが、今はそれを詳述する場合ではないようです。ただ複雑な国際情勢の渦のなかでの戒厳令下に在るという環境では「笠」は双月刊ですでに八十四号を発刊して健在を誇っていても前途必ずしも楽観をゆるさないものを感じます。
しかし台湾の在野詩人は、非常な現実に圧縮されながらも逼塞することなく、骨太い詩魂を抱いて生き生きと活動しています。たとえば、巫永福氏が日本時代に燃え立たせた反骨の炎はいまなお衰えることなく純な輝きを放っていますし、太平洋戦争に志願兵として参戦した陳千武氏は魚雷攻撃を受けて沈んでいく輸送船の甲板上に作って、戦友とこう誓いあいました、「生きて帰って結婚の暁には、男の子に明台と名づけよう」明日の台湾、明るく幸多かるべき台湾のために……と。
戦後というより光復後というほうがよかろうか、陳千武氏は台湾に於ける現代詩の旗手として先頭を進み、その子陳明台氏は多くの若き詩人群とともに新しい希望となりつつあります。
ここに集められた三十名の現代詩人の作品は必ずしもわかり易くはない、むしろ難解なものが多いと思います。現代詩の性格の一面が垂直性や思想性を重んじ、イメージ化や暗喩による表現方法を多分にとっていることによるからでありましょうが、何をどのように書きあげていったかと詩人の手のうちを追究、解明してみる知的な作業にはまた格別な楽しみも感動もあるものと思います。
台湾の詩人が、リルケやランボオ、ボオドレエルやエリオット、西脇順三郎や村野四郎、田村隆一や鮎川信夫等の詩人に熱烈な関心をよせて努力して新しい道を切ひらき独自の詩的宇宙の創造に励んでいる前途に読者の品鷺は鋭くきびしい鞭となって降ることでしょう。一層精進をもって台湾現代詩壇の確固とした独自性を示すに足る作品集を続刊し、これに報いたいと念じています。多謝
(「あとがき/北原政吉」より)
目次
- はしがき 北原政吉
・陳明台(チェンミンタイ
- 骨(一)
- (二)
- (三)
- (四)
・鄭烱明(ツンチャウミン)
- 火山
- 絶食
- 狂人
- 帰途
・李敏勇(リミンヨン)
- 女
- 浮標
- 路標
- 焦土の花
・拾虹(スホン)
- さがし尋ねる
- 船
- 帆柱
- 老鷹
・趙迺定(ツァウナイティン)
- 異族の渇望
・旅人(リジン)
- 破れ扇子
- 神豚
・杜国清(トウクオチィン)
- 心くもる歌
- 胸飾り
- 勿忘草
- 心船
・許達然(シーターザヌ)
- 違反建築
- 屠殺場
- 麻袋
- 腸詰
・岩上(アンサン)
- 凧
- 葬列
- 星の位置
- 吊り橋
・陳金連(チェンチンレン)
- 町
- 蛾群
- 亀裂
・陳千武(チェンチィエンウ)
- 窓
- 触覚
- 否否
- 夜
- 神
・潘芳格(パンファンクウ)
- 平安戯
- 相思樹
- 暦
・黄霊芝(ファンレンツ)
- 片詩
・詹氷(ツァンピン)
- 田植
- 人間
- 黄昏の記録
- 心臓の杯にたまっていく液体
・陳秀喜(チェンシュウシイ)
- 樹の哀楽
- 醜い石
- 笠を編む
- 魚
・林亨泰(リンホンタイ)
- 群衆
- 黎明
- 思惑
- 溶けた風景
・黄騰輝(ファンチェンフイ)
- 中秋の幻滅
- 石油
・白萩(パイシュウ)
- 秋
- 然るに
- 小鳥
- 誰がぼくらを
・李魁賢(リクェイシェン)
- 教会墓園
- 黄昏の樹
- 明け方の男ひとり
- 地下道
・非馬(フェイマア)
- 傘
- 黄河
- 酔漢
・林宗源(リンツォンゲン)
- 五妃廟
- 借金の日暮し
- 肥えて臭い素晴しい土地
・趙天儀(ツァウテンイ)
- 副官
- 前歯一本
- 郷の言葉
- 悟り
・林鐘隆(リンツォンロン)
- 獅子
- 空の旅
・曽妙容(ツンミャウゾォン)
- 小草の話
・陳坤崙(チェンタンルン)
- 無言の草
- 地獄隧道
- 鏡
・陳鴻森(チェンホンシン)
- ともしび
- 絵
- 葡萄
- 犬
・衡榕(ホンヅオン)
- 碧城物語
- 命の保障
- やがて船がでる
・周伯陽(ツォウポーヤン)
- 石門ダム幻想
・巫永福(ウーインフー)
- 尾行
- 運命
- 空襲
- 或る日
・郭成義(クオチェンイ)
- 的
- 盲鳥
あとがき 北原政吉