1999年10月、思潮社から刊行された荒川純子の第1詩集。表紙絵はやなぎみわ、デザインは木村三晴。第11回歴程新鋭賞受賞作品。
朝のNHKの連ドラを観ながらホットカーラーで髪を巻く。九時に家を出て、坂を下り広尾駅まで二十分。雨の日以外は歩くことにしている。坂の途中から見えるラッキーアイテムの東京タワー。てっべんがハッキリ見えた今日はいいことがありそう。歩きやすいから日比谷線も、銀座駅の階段も通勤時間を避けた出勤はデパガの特権。「おっはようございまあす」
社員用入口の警備員さんも、清掃のおばちゃんも、もちろん上司や仲間達も私のデパガの顔しか知らない。迷子の相手も、教急車を呼ぶことも、あふれたトイレの対処も代表電話にかかるいやらしいイタズラ電話の撃退もみんな慣れっこ。さあ、私のデパガの一日が始まる。制服に着替えて。
十一時、変わらない「いらっしゃいませ」についつい化粧直しも厚くなる。少しでも若く見られるように。この開店の儀式が終わるとランチタイムの店選び。デパートのお惣菜も洒落たお店のメニューもみんな飽きて結局いつも同じもの。今日もユーマートの玉子井、目の前でおばさんが作ってくれるからアツアツを食べられる、三五〇円ならこれはおトク。ああ何か変わったものが食べたい、と昼メロ観ながら叫びそうになり、午後は電話とアナウンスに追われ、どんなに忙しくても三時にはきちんとおやつの時間。西沢課長からのおみやげ、伊豆の温泉まんじゅうを配る。甘いものってなんておいしいの。
デパートの閉店時間が私を解放する。いつのまにか夜遊びよりもお肌のために一時間の入浴タイムと七時間睡眠を重視する私。超好景気に遊んだ仲間達もほとんど主婦になり連絡も途絶えた。これからクラブへ遊びに行くという若い後輩達の後姿を見送るとボディコン大好き、アッシー君メッシー君だの何でもオッケーと遊んでいた頃の自分と重なる。
赤く光る東京タワーを背景に坂を上がる駅からの帰り道、ずっと私を見てくれているタワー、変わらないのは東京タワーだけ。
明日に着る服も靴もバッグも完璧に揃え、もう眠るだけとなってパソコンを開く。暗がりに光る液晶画面に照らされ、私は詩人へと戻っていく。
私が詩を書いていることをまわりで知っている人は少ない。隠していたわけではないが、遊んでいる頃は詩を含めて文章を書くことが暗いように思われていたし、恥ずかしかった。今だって特に話す必要がないから自分からは言わない。でもそんなふたつの顔を持つことは自分の中でとても楽しいことだったし、いい気分だった。今までデパガと詩人というふたつの顔をもって過ごしていたけれど、この「デパガの位置」は私がふたつの顔をひとつにするきっかけになった。これから私の顔はひとつになる。
私はデパガで詩人だ。
(「あとがき―目覚めればまたデパートガール」より)
目次
- BLUE
- マイウェイ
- アボカドカード
- しりとり
- 首都
- DANCER
- いばらの冠
- きれいな一日
- デパガの位置
- 坂の真相
- ざくろ坂
- さんこう坂
- にっとう坂
- ひよし坂
- めいじ坂
- しょっこう坂
- …十月
- あいまいな部分
- レインボウ
- さくいん
- オルゴール
- ミツコ
- フラボノイド
- 交替
あとがき――目覚めればまたデパートガール