1970年10月、北書房から刊行された浅野明信(1933~2005)の第6詩集。著者は室蘭生まれ、刊行時の住所は北海道滝川市。
ここ十年余り、ボクは炭坑ものの作品にとりつかれてきた。様々な詩誌にも、こうした詩作品を発表してきたものだ。<明暗>には詩だけではなく<北方的坑夫の詩的経験>という長いエッセイを十回にわたり連載したりした。ボク自身、ボタ山のみえる幾何学的縮図の中で、現実に視聴した諸事象を、ぶつける形で書いたものであるが、炭坑ものの詩を一本にまとめようと思ったことは、今まで、どういう訳かなかったのである。それが、石炭界の不況が続き、アイヌ民族が北辺のはてから滅びるように、炭山が斜陽化し、閉山の嵐が吹き荒れる今になって、ボクははらはらと、寂れる炭山に、哀惜の念をいだかずにはいられなくなったのである。
勿論、この詩集<炭山は寂れた>に載っている作品は、ボクの炭坑に対する心の容赦ない痛みもあり、抵抗への寒気も淀んでいる。
<炭山は寂れた>は1と2に分けられているが、1は<明暗><潮流詩派>に発表したものであり、2は諷刺詩誌<NON砲>に……という具合に、未発表作品は少ない。2の作品はボクの悍しい実験的諷刺詩であり、今のボクにはとうてい書けそうもないしろものであるだろう。
ボクにとって<炭山は寂れた>は思潮社刊の<狸のいくさ><枯れた空>などに続く、六冊目の詩集にあたる。一時は<日本未来派>から出す予定で、佐川英三氏からも解説をいただいていたのであるが、北辺の寂れた炭山へ捧げるためにも、吹雪を知っている<北書房>より出すことも意味ありとみて、多忙の入江好之氏に無理な出版をお願いした次第であり、この紙面をかりて深謝する次第である。
(「あとがき」より)
目次
1
- タンピンつき
- 草原步行
- 花畑
- ライター
- 炭車と看護婦
- 廃坑
- 綿棒
- スズメ
- 魚の表情
- 十六の君
- 緑の季節
2
あとがき
関連リンク
豪快な伯父の死(ぶろ愚の骨頂)