1998年8月、ミッドナイト・プレスから刊行された松元泰介の第1詩集。
小学2年生の夏休み、空の壜に、クレヨンの絵を一枚つめ、多摩川まで自転車をこいで流しに行ったことがある。絵には、ぼくの将来の夢、車掌になり、古い汽車に乗って草いろの原をゆく絵を描いた。絵の裏には、ちゃんと、じぶんの名前と住所を記しておいて。
どこか知らない街の河岸で、花を摘む可憐な少女。ぼくはそんな女の子といつか結婚していっしょに生活するのを夢見ていた。
二十年近くもまえのことだ。空の曇は、いったいどこに流れていったのだろう。いま、ぼくは、鉄道員になることもなく、会社の行き帰り、二時間近く電車に詰め込まれて通勤している。これまで、印刷工、調理助手など何度も転職を繰り返してきたが、いっこう何をしたらいいのか、いまも、わからない。
でも、まだ、あきらめたってわけじゃないんだ。空の曇は、きっと、誰かの手にとどく。描いた当時の、新鮮な草の、クレヨンの色をたもって。車掌さんを乗せた、汽車の煙りがとおく丘に消え、風になびく草はらに、誰も居なくなったあととしても。
(「あとがき」より)
目次
- 空の壜
- 通勤風景
- 通り過ぎる女たち
- 火星2号
- 昭和54年4月8日木曜日7時2分
- 武蔵境赤十字病院
- 地形
- H君の家
- 世界の終わり
- 父の家
- 姿三四郎
- 眠りをめぐる断片
- 石
- ドラッグストア
- 一分間
- 包丁
- 177
- 死者の目
- 詩の断片
- 東京は、雨
- 日曜日
- 三年まえ、ぼくは印刷工だった
あとがき