
母の死はかなしみというより怒りでした。思えば逝くべくして逝った母だったのかもしれません。今年は母の十三回忌にあたります。はからずも、この母が逝った年に短歌人に入会して十年余、此度この機会に歌集としてまとめることにいたしました。予期せざることだったとは言え、はじめから母を悼む作品ばかりを誌上に載せることになってしまいました。しかし、この短歌が、母亡あとの私の支えでもありました。ここに歌集としてまとめることによって一つの区切りをつけ、又私の内なる母から脱出を計ろうかと考えております。
題を「潮騒の歌」としたのは、母を亡くしてしばらくして、犬吠岬に一泊したことがありました。その時、海鳴りが耳について眠れませんでした。海が鳴ることを忘れていて耳ざわりだったことも確かです。でもその海を去るとき、潮騒が子守唄のように慕わしいものとして、きこえてくるのでした。海に向いて生活する人にとっては潮騒もなくてはならぬものの一つのように、よきにつけしきにつけ母がいないということは、海に海鳴りのないようなものだと感じたのです。耳ざわりなこともあった母の小言もなくなってみると恋しくてたまらないものとして思い出されてなりません。母を忘れた日のないように海に憧れている私です。作品は三百七十首、短歌人誌上に掲載された中から、だいたい年代順に、母に関するものとその他のものとを選び別々に編集しました。鑑賞に耐え得るものであれば幸いだと願っております。
(「あとがき」より)
目次
Ⅰ 藤花抄
- 追憶
- 故郷
- 甘酒
- 新年
- 沈丁花
- 受けつぎしもの
- 春宵
- 冬夜
Ⅱ 珊瑚珠
- 一房の葡萄
- 犬吠岬
- 地下街
- 乳色の街
- 孤独
- レタス
- 河
- 回転ドア
- 蜉蝣
- 塔
- 冬の厨
- 五月
- 楽器店
- 疎林
- 春の土
- 雛
- 野の風
- 一冊の本
- 遠街
- 冷たきてのひら
- 空と海
- 朝の操車場
- 野の仏
- はつなつ
- わが職場
- 春の帽子
- 緋の花
- 遠つ灯
- あきつ
- 下野草
- 別れの季節
- 茱萸の実
あとがき
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