2021年8月、洪水企画から刊行された宇佐美孝二(1954~)による黒部節子研究書。装幀は巌谷純介。詩人の遠征11。著者は愛知県生まれ、刊行時の住所は名古屋市北区。
黒部節子は不思議な運命のなかを生きた詩人である。
西洋的な物語構成、謎を含んだ独特な語り口。それが黒部節子の世界だと思ってきた。が、その奥にもうひとつ、違った貌が現れた。それが作品分析で見てきたような東洋的な世界観である。
井筒俊彦は「コトバ以前」にある、捉えきれないものを「アラヤ識」として説明する。それは、捉えきれないところから来る一種の〈悟り〉であるが、同時に、「限りない妄想現出の源泉」であり、「『真如』の限りない自己開顕の始点」であるとしている。(『東洋哲学覚書――意識の形而上学』井筒俊彦著 中央公論新社)
黒部節子の世界は、東洋思想のいわば二律背反性をも見事に具現化している、と言える。彼女の作品に登場する「空」のイメージ、夕ぐれや、夕ぐれのむこうに浮かぶ皿や悲鳴、それらは単なる空想の産物ではない。「私」から解放された、「わたし以前」の世界観であることは確かだ。
こうした独自な世界観をもつ黒部節子の作品世界は、四十歳で脳内梗塞に倒れ、闘病生活を余儀なくされた生活の中から生まれたことを考えると、詩というものの逆説性を感じないわけにはいかない。黒部が健康な生活の中で詩を生産し続けたなら、単にユニークな才能に恵まれただけの詩に終わっていたかもしれない。病があったからこそ、その才能が比類ないまでに開花したとも言えるのである。
(「あとがき」より)
目次
序
第一章
- 1黒部節子の青春―交わされた手紙を基に
- 「頭の小さな、美少女」
- 手紙から
- 処女詩集へ
- 2黒部節子の黎明期―詩誌「暦象」、詩集『白い土地』、詩集『空の中で樹は』、詩画集『柄』、作品集『耳薔帆O』を基に
- 黎明期と「暦象」
- 「暦象」・中野嘉一
- 恩師・親井修の詩
- 「暦象」の黒部節子
- 引き裂かれた時代
- モダニストとしての顔
第二章
1詩を読み解く―詩集『白い土地』、詩画集『柄』、作品集『耳薔帆O』、詩集『いまは誰もいません』を基に
- 眠れる詩人
- 死とフォークロワ
- あの男
- 節子の死
- 「溶ける私」
- 実験詩、難解詩のなかの「私自身」
- 深い「私」のなかにある「家」
- 深層に沈む家
2詩を読み解く―詩集『空の皿』、詩集『まぼろし戸』を基に
- 「溶ける私」と夢まぼろしの往還
- 謎解き遊び
- どこかで見た光景
- 存在、非存在の間にある「戸」というメタファ
- 原初の匂いをかぎわける
- 「本星崎」連作を読む
- 「本星崎」から先にあるもの
- 「誰か」とは誰か?
- 物質と精神、言葉と声
3詩を読み解く―|詩集『北向きの家』を基に
黒部節子年譜
参考文献
初出一覧
あとがき
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