
1993年8月、巒気通信(熊代弘法)から刊行された諏訪優(1929~1992)追悼集。
諏訪優さんは、平成四年十二月二十六日未明亡くなられました。同年八月二十六日、東京医科歯科大学付属病院に入院。以来、奥様芳江さんの手厚い看護と励ましも空しく、四ヶ月の闘病の末、冥府への旅立ちとなりました。ここに謹んで哀悼の意を表します。
天機会は、年一回の吟行の旅を重ねてきました。平成四年の春、秩父への旅が諏訪先生の最後の旅となりました。自然の美しい営みに杯を上げ、言葉少なに“いいね”という温かな響きがまだ耳奥に住み着いています。
私は、「詩は呼吸であり」という小文を昭和四十八年頃の現代詩手帖で読みました。それが諏訪先生のお名前と知った最初でした。そして、いつの頃からか、北海道で朗読会のお手伝いなどもするようになっていました。
ある日、吉増さんに、大島亮吉の話をしましたところ、亮吉研究の大家、吉田武史さんを紹介され以来、お付き合いさせていただいているところですが、このお二人に勧められるままに、天機会の旅に参加。諏訪先生とお会いする機会を得たわけです。先生の書物を読むにつれ尊敬と憧れを抱いていた私にとって、この会への参加は、先生にお会いできるというもうひとつの秘やかな楽しみであったものでした。しかし、あまりお話をする機会も得ないまま、このような事となり、私にとって心に残るものがあったところです。
はからずも、この追悼集を、巒気通信から出させて頂く事になりましたが、北の果ての小さな私誌に会員のおおかたのご協力が得られました事を大変うれしく思います。
なお、表紙製本は、天機会のお一人である板倉愛真さんがお引き受け下さり、望外の立派な体裁を得ることが出来ました。心から感謝を申し上げます。
(弘法)
資料提供 諏訪 芳江・吉田武史、TETSUJI SHIBATA
(「あとがき」より)
目次
- 写真
- 七月なかば・路上 諏訪優
- さよなら諏訪さん 井上輝夫
- 諏訪優に 江森国友
- 都会の隠者 横倉れい
- 苦界行脚 立木優
- 新甲子・黒磯・花巻紀行 山口佳己
- 秩父中津川の記
- 早春の旅 吉田武史
- 酒は泪か溜息か 中嶋康夫
- 秋 阿部裕一
- 諏訪優 安宅夏夫
- ゆうさんの病牀録 諏訪芳江
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あとがき
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